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これまでの公演

歌劇「真珠採り」

公演概要

G・ビゼー作曲 全3幕/原語上演/字幕付

 

【あらすじ】

舞台はセイロン島浜辺の村、漁夫のナディールとズルガはかつて美しい尼僧レイラへの恋で争い、ナディールは島から去った。数年後島に戻ったナディールは真珠採りの頭領になったズルガと再会、恋を諦め、友情を誓い合う。そこへ村の安全を祈るために選ばれ、遠方よりやって来たヴェールで顔を隠した巫女が現れる。それは他ならぬレイラであった。

レイラを諦めきれないナディールは崖の上の寺院に籠っている彼女を訪ね...

異国情緒の中に、恋と友情の狭間に揺れる、甘くせつない男女の物語が語られる。

抒情的な旋律の美しい、25才若きビゼーの傑作をお楽しみください。

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  • 日程 2022年3月19日(土)
    時間 開場 13:30 開演 14:00
    会場 台東区立浅草公会堂ホール
    チケット料金 全席指定 S席 8,000円 A席7,000円 学生4,000円
    キャスト

    出演:須藤 慎吾 又吉 秀樹 杉尾 真吾 他

    指揮:仲田 淳也

    F.O.Aオーケストラ

    チケット/お問合せ

    一般社団法人フィオーレ・オペラ協会

    E-mail: fiore_opera@a1.rimnet.ne.jp

    FAX: 03-4586-7343

    TEL: 050-5360-0504(岡田)

公演の講評

抒情美と劇的迫真性 作品の真価が引き出された上演

香原斗志(オペラ評論家)

 1863年9月30日、パリのリリック劇場で初演された《真珠採り》。ジョルジュ・ビゼーが《カルメン》の12年ほど前、24歳で作曲したこのオペラは、大胆な和声に支えられたエキゾチックな抒情性があふれている。初演は熱狂的に迎えられながら批評家には酷評されたが、近年は作品の美しさが再評価され、世界的に上演される機会が増えている。

 しかし、日本では2005年にヴェネツィアのフェニーチェ劇場の引っ越し公演を最後に、上演された記憶がない。それだけに、2022年3月19日、フィオーレ・オペラ協会が浅草公会堂で上演したことには価値があった。

 舞台はセイロン島。部族の長になったズルガと漁師のナディールが、かつて同じレイラを恋した思い出を語る。そこにヴェールをかけた女性が高僧ヌーラバットに伴われて現れる。巫女になったレイラだった。ナディールはレイラに心を打ち明けるが、ヌーラバットに捕まってしまう。ズルガはナディールを助けようとするが、密会相手がレイラだったと知ると、嫉妬して2人に死刑を言い渡す。しかし、ズルガは後悔して2人を逃がすが、ヌーラバットに裏切りを告発されて殺される。

 弦と木管、打楽器、ハープ、ピアノからなる小編成のオーケストラはステージの右手に置かれ、仲田淳也の指揮で短い前奏曲からこのオペラに特有のエキゾチシズムを引き出した。舞台には海辺の映像が流れ、合唱する漁師たちの民族的な衣装が美しい。簡素ではあるが、場面に引き入れられてしまう。照明などで状況の変化をさらに表現する余地はあったが、下手に凝って興を削ぐより好ましい。

 ズルガは須藤慎吾(バリトン)。いつもながらの流麗な歌唱で、フレージングが洗練され、フランス語も美しい。敵役がこうしてスタイリッシュに歌われると舞台が締まる。そこに現れた又吉秀樹(テノール)扮するナディールは、力に頼らずニュアンスを活かした歌唱で、抒情性をうまく引き出している。

 だから、フルートとハープに伴われたナディールとズルガの二重唱も、又吉がソットヴォーチェで情感豊かに歌い出すと、2声が重なり高音の美も相まって、美しい旋律に生命が宿った。そこに西正子(ソプラノ)のレイラが、神秘的な表現で自らの登場を印象づけた。ヌーラバットの杉尾真吾(バス)の品位ある重低音が、ドラマの背景にある宗教を強く印象づける。これら主役4人の歴史的衣裳も舞台に色を添える。

レイラを思い続けてきたことを告白するナディールのロマンス。胸声と頭声の間を巧みに行き来しながら優美に歌われた。このため、続くレイラの装飾に彩られた祈りを、ナディールの思いと重ねて聴くことができた。西は音域によって音色が変わりがちではあるが、なにより歌唱に華がある。

第2幕は背景に満天の星。舞台はヌーラバットの端正な低声で引き締められ、レイラの心の揺れが客席に伝達する。ナディールとレイラの二重唱も甘い抒情に切々たる思いが重なって心に迫り、その後は息つく間もない迫力だった。須藤の悪相には凄みがあるが、それでも品位が崩れない。

 第3幕の背景は火刑場だろう、星空の下に火が炊かれている。そこで切羽詰まった思いが交錯する。ズルガは友人に死刑を命じたという自身の判断を悔い、レイラはナディールの助命を切々と訴え、それを聞いたズルガに再び憎悪が呼び起こされる。歌手たちの集中力が高まり、それを雄弁なオーケストラが支えた。終幕は死刑を実行しようとするヌーラバットと止めるズルガ、断末魔のズルガと救われた2人、という対比も鮮やかだった。

 力ある歌手陣と小編成でも雄弁なオーケストラ、簡素でもわかりやすい舞台が相まって、名作の真価が久しぶりに解き放たれた2時間だった。

筆者プロフィール

香原斗志(オペラ評論家)
早稲田大学卒業。声楽作品を中心にクラシック音楽全般について原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、「イタリア・オペラを疑え!」(アルテスパブリッシング)。毎日新聞クラシック・ナビに「香原斗志『イタリア・オペラ名歌手カタログ』、「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、近著に「カラー版 東京で見つける江戸」(平凡社新書)。

オペラは永遠に

イヅツ リョウイチ(舞台関係者)

 何年いや十数年ぶりだろうか、浅草の町を訪れるのは。浅草寺に近い浅草公会堂へオペラを観に行った。この2年ばかりですっかり観光客の姿が消えたと言われている浅草の町にも、この日は見るからにそれと見分けがつく大勢の人の姿があった。

 浅草公会堂と聞いて思い浮ぶのは、所謂「和もの小屋」というイメージである。歌舞伎・日本舞踊・新舞踊・民謡等々の固有の文化に根差した芸能ジャンルを専らとする劇場という印象が、われわれ舞台裏方には強いのである。そんな劇場でのオペラ公演というので、興味津々であった。

 演目はジョルジュ・ビゼーの『真珠採り』である。初めてオペラとして観る作品である。第一幕で歌われるテノールの有名なアリア「ナディールのロマンス」の他は聞いたこともなかった。しかしビゼーの傑作オペラ『カルメン』をもっとも好きな作品のひとつだと密かに考えている者としては、未知の音楽への期待に胸をときめかせながらの観賞であった。

 期待は裏切られなかった。曲はメロディアスでいてドラマティック、音楽に身を委ねていると心地よい幸福感に酔った。弦楽器を主とした美しい旋律に、行ったことはないセイロン島(現スリランカ)の海岸で椰子の葉影に横たわって海風に吹かれているような感覚に引き込まれた。さすがビゼーだと拍手を送った。

 登場人物はソリスト4人のみであるが、さすがにそれぞれ素晴らしい張りのある歌声で聴衆を魅了した。ズルガ(真珠採りの頭領)の須藤慎吾は、舞台に現れただけでその存在感で聴衆を引っ張り、ドラマティックで艶のある歌声が素晴らしい。そして、ソリストとしては唯一の女声レイラ(巫女)の西正子は可憐ななかに内に秘めた強さを歌声で見事に表現していた。テノールの又吉秀樹(ナディール)、バスの杉尾信吾(スーラバット)の歌声には若々しさが溢れていた。又吉秀樹の歌う「ナディールのロマンス」、この一曲を聴くだけでもこのオペラを観賞する価値があると思った。

 ただ、残念だったのは舞台の空間の作りである。舞台上手にチェンバーオーケストラが指揮者の仲田淳也を囲むように並び、舞台中央と下手の三分の二が演技のエリアとなっていたため、客席に届く音量のバランスに部分的な物足りなさを感じた。音につつみ込まれるようなオペラならではの陶酔感をもっと味わいたかった。

 この公演では全幕舞台上に装置はまったくなく、舞台奥のホリゾント幕に投影される映像でイメージや場所・時間そして日本語訳の歌詞が示されるのであるが、舞台表現としては限界がある。平面的で立体感に欠け、奥行きを感じられない生彩のないものであった。 舞台裏方という立場から、少し批評めいたことを言わせてもらえば、ヴィジュアル面でもう少し工夫がほしかった。先にも書いたが、装置は無くホリゾント幕に投写される映像のみ。照明も全体に平板でアクセントがなく立体感がなかった。おそらく演出的照明プランは施されていなかったのだろう?序でに記すとフォローピンの技術も少々残念であった。そして衣裳、この作品の舞台であるセイロン島(1800年代半ば)という設定は微妙で難しいと思う。時代考証という程のものがあるか否かは定かでないが、ソリスト4人はもっとそれぞれが際立つ輝きの感じられるものがほしかった。とは言え、あれ位の光量の照明ではそれは望むべくもなかったという気もするが…。コロスのマスクは面白い試みだった。

 この2年以上に渡る新型コロナ禍の影響で、舞台業界も壊滅的な打撃を蒙ってきた。公演中止や延期、無観客での公演等々によって舞台業界の仲間らは不安と絶望に沈んできた。国からの支援も少なく、新しい舞台公演を企画制作しようにも予算が捻出できないという状況が続いている。そんななかでも何とか舞台芸術の灯を絶やさないように、限られた予算のなかでできることをと、いろいろな試みが続けられている。今回の公演もそんな厳しい状況下であることは百も承知の上であったろう。それでも敢えて先を目指して一歩一歩と歩き続ける姿勢に大きな拍手を送りたい。

 憧れのミラノスカラ座・パリオペラ座・MET等々でも様々な工夫をしている。苦難のなかでもオペラは永遠に歩むのだ。

筆者プロフィール

イヅツ リョウイチ(舞台関係者)
京都市出身。長年舞台関係の仕事に従事。

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